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コンペティションの戦略

 私が高校時代に所属していた吹奏楽部は、コンクールを主眼に練習に励み、当時は上位予選にまで毎年残るような、一般に世間では名の通った実力校だった。コンクールに一軍として出場するメンバーの練習は、日々熾烈を極めて居たが、その中にもしきりに不平不満を訴える者はちらりちらりと居た。「音楽は競うものじゃない。楽しめなければ。だから賞本位のコンクールは好きでは無い」と。

 制服を着ていたあの頃は、心中のどこかに競争的な環境の下音楽を行う事そのものに対する疑問や拒絶感は確かに存在し、そういう訴えには同調する傾向にあった。厳しい環境に晒されて、「ああ、入る学校を間違えただろうか」と思ったことも無かったとは言い切れない。音楽に対する理想と現実に葛藤して生まれた一種のアンチテーゼのようなものだろう。よく言えば今よりもずっと温厚で当たり障りを嫌い、悪く言えば他の存在との競争に対して無力だったのだろう。

 先日、偶々通りかかったとある音楽系イベントサイトのブログに、こんなことが書かれていた。簡単に要約をすれば、「審査員に評価されるようなコンテストに出展される作品は、審査員の為の音楽に成りがちで、概して受動的なのであまり好かない」。この方針に基づき、ここでは参加者の主体性を追求したい主催者側の意図が反映され、違った形で賞レースが開催されている。それは、専門的な審査員を設けない代わりに、リスナーによる投票を以って審査とするものだが、実は詰まる所審査を誰がやるかの問題で、本質は変わっていない。「他人と競い、より優れた物を生み出す」ということだ。

 コンテスト、コンペティションと銘打つ、もしくはそれに準ずるものである限り、これらが只の発表の場に留まらない事は明白だ。大勢で単に作品を持ち寄るだけの馴れ合いの場ではない。たとえどんな形式であろうと、どんな小さなものであろうと、そう銘打たれる限り、優劣の存在する競争であり、競技なのである。故に即ち、優れた評価を得る、究極的なところ、勝つ為にはそれに必要な「戦略」があり、その具体的な作戦を立てた上で賞を勝ち取る必要があるのである。

 賞レースに臨むに当たって、参加者が最初に考えるべきは、そのコンペティションに求められる作品をまず考えた上で明確に方向性を定め、その基本的なビジョンの上に具体的な戦略を練ることだろう。例えば、「世界一かっこいい曲コンテスト」と銘打ったコンペティションがあるとしよう。まず主催者側が求める意図はこのタイトルから容易に想像出来るだろう。方向性ははっきりしているのである。では次に我々が考えなければならないのは、具体的に、何を持って、どのように、「世界一かっこいい曲」を作るか、と言う事である。

 まずこのコンテストが過去にも開催されているのであれば、そこから以前の大会で高い評価を受けた作品が、どのような視点で選ばれ、どういった作品が注目を集めたのかを様々な視点から考慮する必要があるだろう。ギターやドラムがバリバリと活躍するような曲が毎年人気を博す中、荘厳な器楽曲を出展するのはお門違いだろう。逆もまた然りである。

 傾向をある程度把握したならば、ここからが製作者の腕の良し悪しがいよいよ試されるところだ。どんなものが「かっこいいもの」になり得るだろうか。美しくも力強い旋律だろうか。超絶的な技巧が求められるようなモチーフだろうか。斬新なエフェクトを用いたミキシングだろうか。これらは人の数と比例して増える物であり、オリジナリティーが反映される過程と言うのはまさにここだろう。コンペティションに求められるテーマに従いつつ、こうして「かっこいい曲」は仕上げられて然るべきだろう。

 この限りにおいて、盲目的に良い音楽を作って出せばそれで良いと言う考えの下事を運んでいては、只の自己満足に終わる可能性は否めない。やたら滅多に手を動かす前に、まず戦略を練る必要があるのだ。大会に出て、賞を取ろうと考える者に必要なのは、単なる「良い曲」ではなく、「勝つための音楽」である。単に「楽しみたい」のであればそれは然るべき場を作った上で馴れ合えば良い訳で、競技と名の付く以上、たとえそれが音楽であろうとも、腕の劣った者が腕の勝る者に淘汰される戦いの世界である。残念ながら奇麗事だけでは済まされないのだ。

 しかし裏を返せばここにこそ、厳しい戦いを潜り抜けた腕の立つ人間が集まるわけで、こうした人々から得られる知識や発想と言うものは大変有益な物になりうるはずだ。殊作曲にあっても、これらの点を認識しない限り、いくら作品を持ち寄ったところで、高いレベルでの刺激を得て、建設的な方向に生かすことは叶わないだろう。

 更に、こうして生まれた優秀な作品たちが、たとえ審査員の受けを狙って成されたものであろうと、作者の信念に反して沢山の人々の人気を得る為に作られた作品であろうと、結果的に人の心を打ち、感動を与えたならば、それが「勝つための音楽」として生まれたものであろうとそれはなんら問うべきものではないのである。もし、この点を追求して、制作のプロセスまでも作品の試聴者に強制するならば、曲を取り巻く様々なコンテクストに想像力を制限され、純粋に作品を鑑賞することは出来なくなり得るからである。そして、これはこのような制作に留まらず、競争と関わるあらゆる音楽に共通し得るものだろう。
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