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"どの道明日は、風が吹く" ~Bohemian Rhapsody / Queen



Radioheadが'97年に発表した"Paranoid Android"と言う傑作がありますが、当時はその斬新で劇的な展開と構成で、しばしば引き合いに出されたとか。尤も、「僕らは90年代の"Bohemian Rhapsody"を作りたかったのではない」との事ではあるそうで。

しかし真の名曲と言うのは、時代が経ってもまるで色褪せないから不思議なのですね。これぞまさしくevergreenと言わずして何と言えましょうか。そして時代を問わず、そう言うものを生み出し続けるUKの音楽シーンと言うのは、ただただ偉大と言わざるを得ないでしょう。

10年前の自分が、まさかこの歳になってQueenを聴いているとは想像も出来なかったものです。考えても見たのですが、なぜここまでも引き付けられるのか。それはそこに、「芸術」があるからでした。今の日本のロック・ポップシーンに、芸術だと呼べる作品が、一体どれ程あるか、と言う点を考えてみれば、多分殆どはため息を付く他は無いでしょう。無論確かにあるとは言え、珠玉の逸品と言うのは、大抵、寄せては消える荒波の中で、人知れず、眠っていたりするのですね。それは「分からない」人が増えてしまった、と言う現実がそこにあるからかもしれません。聴く人間が悪いのではないんです、創る人間の責任なんですね。
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「試金石」

多分、僕が見えるようになればなるほど、僕はどんどん「訳の分からない存在」になっていくのかもしれません。訳が分からない、と言う事は、得体が知れない、理解が出来ないと言う事ですから、そう言うものに出会った時、大抵は敬遠したり、蔑んだり、あるいは虐げたり、そういう風になってしまうんでしょう。気味が悪いとか、気持ちが悪いとすら、躊躇う事無く言ってのけるかもしれません。それは仕方の無い事なのでしょう。

「知らない人」は、目に見える形だけを手に取って、嫌悪の眼差しを以って、いつもこう言うでしょう。「おかしい」。そうして時に、悪人と言うのは限りなく再生産されてゆくのです。それは、分かっていない事を共有する事を分かる事で、分かったつもりになる世界です。それを幸福と信じて生きている人も居るでしょう。僕はそこに介入して、否定しよう等とは、思いません。でも僕は多分、そういうものに平然と溢れた世界では、生きられない人間です。

どんなに小さな扉であろうとも、それが右へ左へ迷走しつつ捜し求めて見つかった、借物で無い、自身のものとしての一つの新しい答えであると分かった時、その喜びと素晴らしさで、心は満たされてゆきます。でも幾ら理解を得たいと願おうとも、そんなものを、どうやって理路整然と説く事が出来ましょう。出来ないんです、どう頑張っても。

例え言葉を尽くしても、それを聴く耳を持たない人々には、何の意味も無いことなんです。分かる人にだけ分かるとは、多分そう言う事だと思います。でも、悲しい事だとも思いません。むしろ、そうだからこそ、幸せな事なのかもしれません。何にもまして、特別で、かけがえの無い事だからです。
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第三者

と言うのはいつもいい加減ですから、それが真実かどうかも分からない、いや分かろうともしないうちに、当人の意図等とはまるで縁遠い所で、勝手にものを踊らせ、おもちゃにして遊んでしまうのが常でしょう。悲しい事ですが、それが現実です。

ですから、本当に理解のある人、受容の出来る人、そして言葉を介さずものをあるべきままに汲み取る事が出来る人、汲み取ってくれる人なんていうものは、思ったよりも遥かに、とてつもなく少ないと言う事です。僕が「分かる人」に出会えると言うのは奇跡だ、と言うのは、そう言う強い認識を下にしています。

本当にものを分かる人、と言うのは、そうやって勝手にものをおもちゃにしたり、面白いからと言って安直な答えに寄りかかったりせず、自らの目で見、耳で聞き、肌で感じ、最後の最後まで考え続ける人々です。そう言う人々を、僕は聡明の二文字を以って、いつも敬意を払っています。彼等が、彼女等が真っ直ぐに心を開いてくれた時、僕はそう言う人達の為に、心を砕き、時間を、身を捧げようと思って生きています。
    00:27 | Comment : 0 | Top

Song without words for...

"you"と言うのは既に書き込まれた、僕が良いと思って書き込んだものですから、それそのものは事実として無くならないんでしょうけれど、"you"が持つ意味と言うのは、どうやら既に失われていると言う事に、不意に気が付いたりしたのです。いや気がついたというより、悟ったと言いますか。

そうすると、どぎつい色が付けられた霧で覆われていた、作品の本質と言うものが、素直な形で見えてきたりして、散々こんなものは見るに堪えないと思っていたものが、実は良かったのかもしれないなと、考えが変わってしまったりするから、人間と言うのは不思議なものです。晴れは雨で、雨は晴れ、昼は夜で、夜は昼なのだなあと。

しかしそう言う事に気がつけたというのが、一番の幸いかもしれません。危うく本当に良い要素まで、ごみ箱に突っ込んで、葬ってしまう所だったのですから。これはとても大事にすべきものでした。これからも大切にしようと思います。願わくは、共有し、磨き上げられれば、この上ない幸せです。
Genre : 音楽  作詞・作曲
    02:12 | Comment : 0 | Top

「視点」

 それそのものが一見して複雑精緻で、深遠だったりするものは、表面にもそれが滲み出ますから、探求していく切っ掛けと言うのもとても掴みやすいのだと思います。結構何かしらで引っ掛かるからです。もしかするとそう見えるだけで、紐解けば実は単純なのかもしれないという可能性の論点は留保するとしまして。

 他方で、一見して単純で、ある特定の側面から理解や受容がしやすいものは、裏を返せば、そこには僕らが深く入り込む余地もまた存在するのですが、しかしその入り口と言うのが大変狭く、小さいものであるが故に、鋭敏な感性感覚を持っていないとあっさり見過ごしてしまうものだったりするんです。

 前者の様なものを常日頃探求するというのは、自分自身を養って堆積する点で、主立って物凄く意味のあることだと思うのですが、一方で後者の様なものの見方もまた、考えたり思ったりすると言う事に、素晴らしい味を与えてくれると思うんです。

 ですから僕はその、何か世の中にありふれて、ともすれば簡単に消費され続けて終わりそうなものから、evergreenの要素を見つけるという事に、結構魅力を感じます。生き甲斐と言ってもいいかもしれません。気付こうと思えば気付けるし、気付かなければ非生産的に終わってしまうようなものでしょうか。

 それは例えば歌を聴いて、ポップなアニメソングとして単純に消費してしまうか、あるいは言葉や音の向こう側奥深くに感じ取れる何かがあるかもしれないと探求する姿勢を持ってみて、そしてそれを見つけるか、と言うようなものかもしれません。それについて僕は今まで、「そんなものはどうでもいい」と言う人と、「理解できる」と言う人と、「感じられる『人』」の三者に出会ってきました。だから多分、嘘でも衒いでも無いと思います。

 こう言う話をすると、ある人は暗黙の内に、そう言うものの見方はネガティブだと言い切ってしまう人が居るのですが、必ずしもそう言うものでも無いとは思います。「分かるもの」が分かった瞬間に、「分かる」と言う、目に見えないそれそのものに喜びや感動が見出せたりするものですし、更にもっと言ってしまえば、そう言うものを共有出来る時間がある、人が居るに違いないと思える事に喜びを見出して、穏やかな時間を過している人も、居ると言う事です。
Genre : 日記  雑記
    02:41 | Comment : 0 | Top

"Law of contradiction" ~ 冒険でしょでしょ? / 平野 綾




「矛盾律の世界」。

「ホントが嘘に変わ」り、「普通でも普通じゃない」世界と言うのは、別にアニメが描く特殊な世界観でも何でもなくて、ごく当たり前に存在するこの世の中でしょうね。結局の所、世の中と言うのは莫迦正直にもがけばもがくほど矛盾律に飲まれていきますから、そこからまたどうやって抜け出そうかと、あの手この手を考えて生きているのが人間なんでしょうね。

ところが結局、窮極的にはそんなものは見つからなくて、見つかっていると信じていても、とりあえず見つかっている、と言う仮初に寄り掛かって生きていたりすると言うのが概ね普通な訳で、だからその答えは、「わたし」が「わたし」でありつつ進んで行くと言う「救い」の存在を、結局落とし所にせざるを得ないと言う事なのでしょう。そうで無いと、永遠に迷走してしまうという。暖簾に腕押しと言った所ですか。

かってそれは大変不幸な事だと思って時を過した事もありましたが、「ある」と言うのが「ない」と言う事が幸せなのかもしれないと、不意に気付いたりした訳です。「ある」が「ない」と言う事がある事に対する幸せと言いますか。「終わりである始まり」と言うのを繰り返し続けられる幸福でしょうか。それはしばしば妥協と混同されがちですが、妥協では無いんですね、紙一重なのかもしれないですし、似てまるで非なる別物なのかもしれないです。

もしかすると、真理と言うのはそう言うものなんじゃないかと。無論、未だはっきりとは見えないですけれど、いやこの歳で見えてしまうはずが無いとは思ってますけれどね。
Genre : 日記  日記
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Author:T.Shiraiwa
Website : http://www.t-shiraiwa.net/

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